2008年8月11日

パターンを変える夏


この夏、アメリカでは「ステイケーション」という言葉がお目見えし、日常の会話に浸透しつつある。

staycation、それは vacation をもじったもの。vacation は vacate = 立ち退く、空けるという意味の言葉から「休暇」という意味になったが、休暇=遠出の旅行は過去の話になりつつある。ガソリンの急騰で、車社会のアメリカ人は窮地に追い込まれている。この夏は家の周りに stay =とどまる形で休みを過ごす人々が、工夫を凝らしたステイケーションを自分たちなりに楽しもうとしている。

家族で遠く離れた祖父母や親戚を訪ねるついでに、国立公園などに寄ってバケーションを楽しむというのが、アメリカ人の典型的な夏休みの過ごし方のようである。大陸横断なんていうのも珍しくなかった。しかし、移動に飛行機か車を使うこの国で、ガソリンの価格が昨年の3倍以上ともなると、さすがに大半の人が足を引っ込めてしまう。

今年は子供をディズニーランドに連れて行く代わりに、プールや湖で泳いだり、近くの動物園へ行ったり、公園や家の庭で友達や近所の人を誘ってバーベキュー、などという人も多いだろう。町でも、あちこちでちょっとした催し物やお祭りがある。わざわざ遠くへ行かなくても、近場でも結構楽しめる。

先日、夢の中でこんな言葉を聞いた。

「パターンを変えてみる。人間は慣れていることに留まりがち、その方が楽だから」

確かに、同じパターンに従う方が楽である。私たちは必要に迫られない限り、自分からはなかなか変えようとしない。

遠いところや上ばかりを見て、お金を儲けることとか、成功すること、早く仕上げることばかりが頭にあり、時間やノルマに追われたストレスまみれの日々を送ってきた人々。そのストレスを発散させようと大金を使って遠出して、そこでまたストレスが溜まる。そういう悪循環の空回りも、そろそろ軌道修正する頃。

地球上で様々な問題が起こっている中、特に原油の高騰は、世界中でそれに依存する一般人の日常生活に直接影響を及ぼすからこそ、最もわかりやすく、またパワフルな形で、今までの考え方や生き方では続かないということを私たちに警告しているのではないだろうか。

その危機的状況によって、押し出されるように始まった新しい行動の数々。

アメリカでは、車庫でホコリをかぶっていた自転車を取り出して、また乗り始めた人々が急増しているという。不便でも、給料はそのままで物価だけが上がる状況の下、気軽に車に乗ってどこへでも行くということが難しくなってきた。残念ながら、この国では日本のように鉄道が発達していないため、かなりの制約がかかるが、町の中ならバスだって十分利用できる。バスで通勤できる範囲に引越しする人も出始めた。

交通手段を制限すると、以前より行動範囲は狭くなり、一日にできることは限られてくる。だからといって人は不幸になるかといえば、そんなことはない。充実した時間というのは、何をして過ごすかという物理的なことではなく、どう感じたかという心の状態で決まるのだから。

私は、最近よく歩くようになった。町の中に住んでいるので、スーパーや銀行、郵便局、レストランなど、ほとんど歩いて行ける範囲にある。週末には、夫と一緒にウォーキングを兼ねて15キロほど歩いて日系スーパーに行き、バスで帰ってくることもある。

歩いてみると、これが結構楽しい。車で通ると前しか見ていないため、気づかなかったことがいかに多いことか。歩いていると色々なことが目に入ってくる。「あっあんな所にお店があったんだ」「あそこの家の花、かわいいな~」「あれっ?ここは更地になっているけど、前は何があったっけ?」

いつも通っていた所なのに、今まで全く気づかなかった。そんなひとつひとつを見つけながら歩くと、初めて通るみたいに新鮮な気分になる。何回か通るうちに、今度は、歩く範囲にあるすべてに対して親近感を持つようになる。この感覚もまた楽しいものである。

休暇に遠出をやめて近場で楽しもうとする人々。日常で自転車やバスの利用に切り替え、歩き始めた人々。ハンドルを握ってアクセルを踏むだけで車がどこへでも運んでくれた生活から、実際に自分の足を動かす生活へ戻りつつある。それは、地に足をつけて生きることにも通じるか。

少し活動を緩めてみる、休めてみることで、時間にも心にも以前より余裕ができ、今まで見えなかったものが見えてくるものである。不便さの中から得ることもある。全く新しい角度から自分の生活を見直すことができ、もっと大事なものを見つけ出すことができるかもしれない。それに、私達には限りない想像力がある。工夫だってできる。

この危機的な状況の犠牲になる必要はない。車庫から出した自転車に積もっていたホコリをはらうように、自分の中で使わないで眠っていた直観力や洞察力に磨きをかけ、そこから創造力を働かせて工夫し、何か新しいものを見つける絶好のチャンスと捉えてみてはいかがだろうか。

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