2012年9月14日

迫り来る森


約20年住んだシアトルを発つ日は、4日後に迫っている。

先週やっと引越しの荷物を出すと、家の中が片付き、いよいよ最終段階に入った。

私は、日本へ帰ることが決まってから、自分が暮らしたこのノースウェストという土地をもう一度しっかりと感じ取り、そのエッセンスを自分の中にしみ込ませて統合させたいという思いになった。

アメリカ大陸の雄大さを背景としたこの土地のエネルギーを感じ取るとき、そこにある森や湖、海や空に何かが刻み込まれているのを感じる。それは、刻々と変化する時の流れの中にあっても、変わることなく太古から連綿と続く、祈りのようなものなのだろうか。

私はこの土地に暮らし、遠い記憶のような深い夢をこれまで幾度か見た。それは、魂の記憶とも言えるような懐かしさがあり、深奥から揺るがすほどの力強さを持っている。

しかし、日常の煩雑さでその夢は記憶の片隅へと追いやられ、ほとんど忘れ去られようとしていた。それがタッチドローイングという形を変えて、完璧なタイミングで再び目の前に現われたのであった。

7月にあったタッチドローイングのリトリートで、パートナー同士が向かい合って互いのエネルギーを感じ取った後に、瞬間瞬間に浮かんだイメージを特定の時間描き続けるという作業を行った。

描いた後で互いに絵を見せ合って、シェアをする。私のパートナーはモージーンという名前の女性であった。彼女は16枚描いた絵を順に一枚ずつ説明しながら見せてくれたが、11枚目を開いた瞬間、私はアッと声を出しそうになった。

それは、8年ほど前に見た夢の景色そのものだった。



「私の頭の中に突然木が現われて、それも針葉樹じゃないといけないって言って来たの。それまで絵の具はずっとオレンジ色を使ってきたけれど、今度は緑に変えて、わけがわからずただただ針葉樹でスペースを埋めたのよ」とモージーンが言った。

その夢はあまりにも強烈だったので、鮮明に覚えている。

それは、カナダの森を訪れる当日の朝方見た夢だった。いきなり目の前に、針葉樹の森が迫ってきて、その迫力と溢れる生命エネルギーに圧倒されて目が覚めた。ほんの一瞬の夢であったが、その一瞬で体中に電撃が走るほど、強烈なシーンであった。本来の森の命の力とはこういうものなのか・・・。もう人間なんて足元にも及ばないほどの圧倒的な強さである。

その夢を見た翌日、カナダの森でハイキングをしたときに、不思議な体験をした。うっそうとした森のトレイルを歩いていると、急に体が軽くなって、足取りも軽くなり、やがてごく自然に走り始めていた。石がころがっていたり木の根っこが出ているトレイルを、私は動物のような勢いで走っていた。足が浮いているようで、宙を蹴って跳ねていたその感覚は、そう、鹿だった。

気持ちがよくて、跳ねながら、ふふふっと笑いがこみ上げた。懐かしいような感覚でさえある。その直後に、体の感覚が消えてなくなり、宙にふわりと浮いて目だけが空間に広がっていき、私は森とひとつになった。

そのとき、私は森となり、森は私でもあった。そこには音も時間もない。空間のあらゆるものとひとつになり、喜びと調和の中でただ存在していた。

翌日、別の場所でハイキングするため移動しているときに、前方に広がる風景に息を呑んだ。それは、あの夢のシーンを切ってここに貼り付けたかと思うほど、夢で見た森とそっくりであった。

森を構成する木の一本一本が歌っている命の讃歌が聞こえて来るようである。喜びに満ちて輝いており、森というひとつの群れとして強烈なエネルギーを放って、私の目の前に迫ってきた。

それまで私が持っていた「木」という概念を超えた、知性を持った存在であった。ネイティブの人たちは木のことを「Standing People」と呼ぶが、納得できる。彼らの「生きとし生けるものはすべて等しく、すべてはひとつであり繋がっている」というものの見方は、このような感覚から自然に生じているのであろう。

目の前に迫り、私に語りかけてきたノースウェストの森。その力を私は忘れない。

私もStanding Peopleの一員になりたい。新しい世界が、人間が、真にStanding Peopleと調和の中に存在する世界となることを祈り、その祈りを私は表現していきたい。

私への大切なメッセージを、モージーンは忠実に、そして見事に再現してくれた。これは、これから日本へ戻る私に力を与えてくれる大きなギフトとなった。

モージーン、ありがとう。

さらに、もうひとつ興味深いことがあった。

仙台に移ることが決まった後に、また夢を見た。それはまだ行ったことのない山形(?)の森だった。この森も、あのときの夢と同じで、圧倒されるほどの強烈な生命力を放っていた。

ノースウェストの森が、山形の森と話をしたのだろうか? だとしたら、その2つを結ぶものは何だろうと考えたとき、 返ってきた答えは「宇宙の愛」だった。

モージーンは、また、これを象徴するかのような絵も描いていた。

彼女は言った。「このイメージが浮かんだとき、2枚の紙を用意しなくちゃいけなかったの。構成がしっかり決まっていて、2枚がこういう風に分かれるんだけど、離れていてもひとつなのよ。離れているように見えているだけで、離れていないの。ほら、こんな風にひとつになるの。すべてはひとつなの、巡ってくるの。あなたの愛は、宇宙の愛でもあるのよ」



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