2007年11月11日

根底から揺るがす石


4年ほど前、シアトルのウォーターフロントのマーケットでアーティストが売っている、直径2.5センチほどの卵型をしたラピスラズリのペンダントを買った。古代エジプトで愛され、「神につながる石」とも言われたラピスラズリは、なるほど瑠璃色の空に金色の星屑を散りばめた、まさに天空を思わせる石である。

そもそもこのペンダントを手に入れるきっかけとなったのは、友人の紹介で会ったチャネラーであった。私は、そのチャネラーに会うまでは、母からもらったルビーの指輪をしていたが、このルビーと合わせて青い石を身に付けるとパワーアップすると、チャネリングのときに言われた。パワーアップ・・・誰でも飛びつきそうな言葉だ。その頃の私は邪悪なものから身を守ることに気をかけていたので、この言葉を聞くなり、青い石を持つことでガイドとのつながりが強くなって、より効果的に厄除けできるだろうと考えた。

さて、石選びの段階で、青い石というと、涼しげにきらきら光る透明なブルーのブルートパーズがまず頭に浮かんだが、一度夢で私にはブルートパーズはよくないと言われていたので(どういう意味かわからないが)、好きだけれどあきらめた。それで、その他に青い石というと、ラピスラズリくらいしか思いつかなかった。深い青で、どちらかと言うと重い感じのラピス。私のガイドは古代エジプトの神で、私の今生は古代エジプト時代の前世が大きく影響しているので、やはりラピスに行き着くことになっていたのか・・・。思いつくままに足を運び、すぐにこのペンダントに出会った (写真: クリスタルの上に置いたペンダント。フラッシュの仕業で薄くなってしまったが、実物はもっと濃い色)。

ラピスの中でも特に色が濃く、形は丸でも三角でも四角でもない卵型。なぜか子供の頃から卵型が好きだったので、このペンダントを見た瞬間、これだと思った。案の定、手に持つと、強いエネルギーが流れてきた。

さっそくこれを買って家に帰ってまず浄化し、迎え入れの言葉をかけて、2~3日枕元において一緒に寝てから身に付けた。そして、チャネラーが「パワーアップ」と言ったので、どこへ行くにもこれを付けて、もうこれで完璧に守られている、大丈夫だと思っていた。

ところが、この石は、私にとって実はそういう意味でのパワーアップをもたらすものではなかった。思いがけない出来事を引き起こし、私の価値観を根底から揺るがす石だったのである。そのことに気づくようになったのは、そのような思いがけないことが2回ほど起こった後であった。中でも、この出来事は忘れられない。

それは、ある春の日のよく晴れた土曜日だった。家にいるのはもったいないので、私は夫と家からダウンタウンまで10キロほどのウォーキングをすることにした。ダウンタウンまで今まで何度も歩いたことがあるが、地元の人も観光客も訪れる「パイクプレイス・マーケット」と呼ばれる市場を目的地にして、到着してからそこで軽食をとったりお茶を飲んだり、ぶらぶらお店を見たりして楽しむのがパターンであった。

目的地まで止まらずに歩いて1時間半くらいかかる本格的なウォーキングなので、私たちはいつもただ歩くための服装をした。夫はTシャツにショーツ、スニーカーという格好で、私も動きやすく汗をかいてもよいように、上は洗いざらしのTシャツにデニムの長袖シャツ、下はスエットパンツにスニーカー、腰にはウェストバッグを付け、手ぶらで歩けるようにした。そんな格好だったが、途中邪悪なエネルギーが漂う場所を通るといけないと思い、ルビーの指輪とあのラピスのネックレスだけはきちんと付けた。前にも言ったが、私は霊媒体質なので、変なものを拾いたくないのである。

さて、ダウンタウンに入り、目的地まであと2ブロックくらいに差しかかったところ、夫が後ろについて歩いている私の方を振り返り、いきなり「コンサートに行こうか」と言った。前方にベナロヤホールが見えていた。

「えっ?!!」私は耳を疑った。ベナロヤホールはニューヨークのカーネギーホールとまでは行かないが、クラシックミュージックの殿堂である。最近ではフジコ・ヘミングがそこで演奏をした。そんじょそこらの名も無いバンドが演奏するコンサートホールではないのだ。

呆然と立ち尽くしている私をよそに、夫はホールの前まで行ってスケジュールをチェックし、「あ~あと10分で始まる!」と言って、チケットを買いに急いでひとりで中へ入って行った。「ちょっ、ちょっと待った!冗談でしょう?パイクプレイスに行くんではなかったの?」

決めたら早い、夫はもうチケットを買っていた。「うそぉ、シアトル交響楽団?この格好で?!」すっとんきょうな声をあげた私に、夫はフンと鼻で笑い「Who cares (そんなこと誰も気にしないさ)!」と言って、チケットを受け取ると、さっさと廊下を歩き始めた。「ちょっ、ちょっと待って!私こんな格好でイヤ~!!」私はわめいたが、夫は皮肉な表情を浮かべて「But it’s NOT illegal (でも、違法ではない)」とのたまった。「い、いほうではないなんて、普通そんな考え方するか~!」

ホールへ急ぐ夫の後を追いかけながら、私は憤慨していた。普通女性だったらコンサートには、思い切りおしゃれをして行きたいと思うではないか。それも初めてのベナロヤホール。「黒かワインレッドのベルベットのドレスに真珠のイヤリングとネックレス、そしておしゃれなハイヒール。そうやって贅沢な気分でゆったりと音楽を楽しむ、それが普通でしょう。なのにTシャツにスニーカー!勘弁してよ!!」悪夢を見ているようで、頭がクラクラしてきた。

長い廊下を走らされて入口に到着すると、係員はニッコリと微笑んで私たちを迎え入れてくれた。「違法ではないから」という夫の言葉が頭に響いた。「違法ではないから係員も入場拒否はできないのか・・・、それとも私たちを飛び込みの観光客と思ったか・・・」そんなことを考えながら会場に滑り込むように入ると、すぐに後ろでドアが閉まった。私たちが最後の客であった。

既に席についている周りの人達の私たちに向ける視線が背中に顔に突き刺さり、私は恥ずかしくて屈辱を感じずにはいられなかった。場違いな所にいる、そう思うと体がこわばって自分が小さく感じた。すぐに演奏が始まったが、座っていても全然落ち着けず、首をすくめて周りを見回してみた。みんなとてもおしゃれな格好をして、リッチな感じがする。女性は黒やワインレッドのドレスにゴールドのアクセサリー、男性は素敵なスーツ姿、なのに私はTシャツにスエットパンツ。「なんで私はこんな格好でここにいなけりゃならないの!」

隣に座っている夫を見ると、彼はTシャツに半パン姿で足を開いて背もたれに寄りかかり、目を閉じてどっぷりと音楽に浸っているではないか。それを見て、はらわたが煮えくり返るような思いがした。私のエゴがわめいていた。「なんでこんな目に遭わせるの!!こんなのイヤーッひどすぎる!」

否定的な考えで頭がいっぱいになり、心地よいはずの音楽もただの雑音と化してしまった。そんな状態が40分ほど続いただろうか。すると突然、自分の右上の方で声がした。

「それは、そんなに重大なこと?そんなことより、もっと大切なことがあるじゃないか」

それは私のハイヤーセルフだったのだろうか。男性のような声でもあった。とても穏やかですべてを悟った声であった。その声に私はハッとした。そして、私の脳に直接入ってきたその言葉を、なぜだかわからないが心の中で繰り返していた。「もっと大切なこと・・・もっと大切なこと・・・」

そのとたん、ポンという音が聞こえ、何かがはじけたように、開いてすべてが見えた。

まるで目の前のフィルタが取れたように、一瞬のうちに、私はそれまで見ていたものとまるで違う世界にいた。そこにいる人々のおしゃれな服が透明になり、私はその下にあるものを見ていた。そう、みんな裸であった。考えてみれば、人は皆生まれてくるときは裸である。私たちは皆、本質的に同じなのだ。オーケストラは音楽を通して生命の喜びを表現し、観客はその喜びを受け取り、音という形で体験していた。それ以上のことでもなく、それ以下のことでもなく、ただそれだけのことであった。そして、私たちはこの空気、この空間、この時間、この音楽を共有していた。私たちはすべて同じ、同じでつながっているのだ。

そう思ったとたん、私は音楽とひとつになり、観客とひとつになっていた。同時に、私自身がコンサートホールいっぱいに広がって、溶けていった。ホールの壁にも天井にも床にも、私がいた。

すると、先ほどの怒りと不快感は一瞬のうちに消え去り、たとえようもない喜びと感謝で胸がいっぱいになっていた。そう、あの憎らしい夫にまで。隣に座っていた夫は、私に学ぶ機会をくれたのだ、私はこれを体験するために今日ここに来たのだ、そう思うと感謝の熱い思いがこみ上げてきた。

怒りでいっぱいの世界と喜びと感謝に満たされた世界。同じところから全く異なる現実が生まれる。私の周りは何ひとつ変化していない、ただ私の見方が変わっただけである。それはそこに薄いフィルターがあるかないかだけの違いであるのに、天国と地獄の差を創りあげてしまうのである。エゴというフィルターが創る現実。

ラピスの石は神につながる石。その石を身に付けると、根底から揺るがされる。エゴを捨てよ、本質を見ろ、というメッセージだったのだ。揺すられて心に覆いかぶさっているエゴの厚いほこりが振り落とされると、そこに真の心が現われる。それは神の意識へ通じる扉。首にぶらさがったラピスの石が、神の意識への扉を少し開けてくれたのだ。

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