2008年7月31日

型破りは自分に戻ること

「自分がやりたいこと、大好きなことをやって、決して人に認められようとなど求めないことだ。人に受け入れられれば、自分が正しいと感じる助けになる。人に認められれば、自分が正しい目的に向かって進んでいると感じさせてくれる。問題は、自分自身の内なる感じだ。それは外側の世界には何の関係もない」

今日、知人が日記でこんな素晴らしいメッセージを紹介してくれた。

私は3年前からトーストマスターズという会で、人前で話をする練習をしている。自宅で翻訳をするという仕事とは正反対の世界。人前で話すなんてとんでもないことだった。しかし、その会でマニュアルに沿ってスピーチのスキルを習得し、話す練習を重ねるうちに、次第に自分に自信がついてきて、自分の考えや伝えたいメッセージを心を込めて話せるようになってきた。最近では、そのことを楽しいとさえ思えるようになってきた。

先日、私は以前にこのブログに載せた体験(
http://hoshinoto.blogspot.com/2007/11/blog-post_11.html)をベースにしたスピーチをした。色眼鏡を捨ててありのままを見るという大切なメッセージを、自分なりの形で表現したつもりである。会話や心の変化などの状況を、舞台のスペースをいっぱいに使い、自分ができる範囲で表情や声色を変え、ジェスチャーもふんだんに使って再現した。

トーストマスターズでは、スピーチの後に論評と呼ばれる評価があり、聞いている側がコメントする。あるメンバー(妻が日本人であるアメリカ人男性)は、私のジェスチャーはオーバーだと皮肉を込めてコメントした。それもメンバー全員の前で。明らかに、彼は私のジェスチャーを認めなかった。

以前の私だったら、きっとそのコメントに傷ついたり、他の人はどう思ったかなど、とても気にしただろうと思う。もちろん、全く動じなかったわけでもない。

しかし、今回のスピーチをするにあたって、自分で最も気をつけたかったことは、自分らしく表現することだった。自分の心の移り変わりの体験を、そのときの自分になりきって再現することだった。だから、ジェスチャーがオーバーだったと言われても、自分はそう感じたのだから、どうしようもない。それに、みんなの前で腕一杯に手を広げたときは、開放感が押し寄せてきて、人前で萎縮していた以前の自分と比べ、こんなに自由に動けるようになった自分が前より好きになった。

全員の心を動かすためにやったのでもなく、それをどう受け取ったかは相手の問題。否定的な反応があっても当然だろう。一方、「パワフルなメッセージだった」とか「自分が開放される思いがした」、「楽しそうだった」、「感動した」(いずれも日本人女性)などの肯定的なコメントもあった。人それぞれ、それぞれのレベルで感じ取る。それでいいのではないだろうか。

肝心なことは、自分に正直になり、感じたことを素直に表現すること。自分自身になったときは、ただ楽しいという思いだけが沸き起こる。それは子供が無邪気に遊んでいる姿に通じるかもしれない。

スピーチをしたその会で、ある熟年のメンバー(日本人男性)が、日本のテニス界に変革をもたらした女性による本を紹介した。「日本人は規律を守り、お行儀がよくてとても優秀な国民である。スポーツでもそれが顕著に現われる。しかし、ヨーロッパ、特にスペインやイタリアあたりの選手は、型破りである。決まったフォームなどを無視して自分の意のままに動く。そのため、外れる時は大きく外れるが、アッと驚くようなプレーがあり、見ていて面白いし、考えてもみなかった結果がもたらされることがある。日本人もこの要素をもっと取り入れて欲しい」というのがその本の主なメッセージだそうである。

このメンバーは、この本のメッセージをそのままスピーチに当てはめた。例えば、話す人に少しくらい変なクセがあるとしても、それがその人の味で、大切なことは、綺麗で正しいフォームではなく、自分のスタイルを出すこと。そつがないスピーチよりも、無骨でも聞いた人が、家に帰った後や何かをしている時にふと思い出すようなスピーチをすることの方が大切ではないか、というものであった。

型破りの「型」とは一般が認める範囲のこと。自分は唯一の存在なのだから、その他大勢が認めるように妥協してしまっては、自分でなくなる。

他人がどう思ったってよい。常に自分に問いかけて、自分がよいと思ったこと、好きなことを自分の心に正直にストレートに表現してみると、楽しさや喜び、満足感が返ってくる。それは自分のためにしていることで、実は子供は常にこれをしている。


正しいと感じる基準は、他人ではなく自分である
自分の真実は他人の真実とは違う
正しい目的には常に喜びが伴う
そこには開放感がある
自分自身の内なる感じがすべての基準
自分を知っているのは自分
頼るのは自分

型破りは自分に戻ること
それができたとき、外側の世界が応えてくれる

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