2014年5月26日

顔のある木

東北大の敷地内にある小道の大木の側面を見たら、そこに顔があった。自然の中でタッチドローイングをしようと思ってそこに行ったのだが、まさか顔に出会うとは・・・。

どうしても、大きく開いた口に目が釘付けになる。見ていると、そこから異次元の世界が手招きをしているように感じてならない。

そこに意識を合わせると何が起こるのだろうという好奇心があり、描き続けることで出来上がる連続したイメージがどのように展開するかにも興味があった。

以前私が描いたある絵について、シャーマンの女性の方から自分が太陽へのシャーマニックジャーニーを行ったときに見たビジョンと非常に似ているとコメントをいただいたことがある。その絵は、クリスタルボウルの音を聴きながら描いたものであった。

感情の層を超えると、より広大な意識の領域へと入って行くことは知っているが、ドローイングが他にどのような世界をもたらすのかを、自ら体験して深めたいと思っていたので、これは絶好のチャンスであった。

描いたものをここにシェアしたい。

最初の写真はその顔のある木。





まずは木全体を感じ取って描き、そこから気になる顔の部分へ意識を向けて描いていった。



さらに大きく開かれた口の中へと入って行く。ここは別の世界への入り口のように感じる。





入って行くと、木の精霊のような別の顔が現れ、私に言葉にできない世界を見せてくれた。





木の外へと出て、再び木と私が融合する。




もう言葉はいらない。私は神聖な静けさの中に広がり溶けていった。




再び木の前にいて、見上げる。私を招き入れてくれたこの木に感謝し、讃えたい。





叡智に耳を澄ます。






2014年5月2日

4月26日〜28日の大分タッチドローイング・リトリートを終えて 〜 虹の輪

 

「果たして人が集まるだろうかと考えるのではなく、まずは自分が『やる』と決めること、ハラをくくること。やる日にちを決めて場所を決める。すると、物事は動き出すんだよ。自分がそれを起こすんだよ」



これまで大規模な会議をいくつもマネージしてきた夫が私に言った言葉であった。



結果的に本当にそうなった。


人を通してあらゆる助けがやってきて、思考を遥かに超えた次元で物事が動いた。理想の会場がそれも不思議な形であっと言う間に見つかり、人が集まらないどころか、定員に達したと椋梨晶子さんから報告があったときは、目に見えない力のサポートを感じずにはいられなかった。

会場からの風景 ー 由布岳
会場の湯布院フローラハウスにあるハーブ園と源泉掛け流しの温泉

自分のビジョンに従って、勇気を持って一歩踏み出すとき、ご褒美が10倍になって返ってくる。まるで神様が上で見てくれていて、「よし、じゃあここからはちょっと手伝ってあげるよ」と言ってくれたかのように。


タッチドローイングのスピリットには、意志と計画があると私は感じている。創始者のデボラはタッチドローイングを見出したとき、「これは人類の意識の進化に貢献するものだから、自分だけのものにしておいてはいけない」と強く感じたそうだ。



私にとって魂の道を歩くことは、このスピリットに敬意を表し、神の意志に自分の意志を合わせることである。果たして、スピリットは意思表示をしてくれた。



同じ志を持った魂の仲間たちがそこにいることを教えてくれた。それは日輪となって現れ、アメリカと仙台と大分を繋いでくれた。





昨年、晶子さんとコラボを終えた後で行った山の中で道に迷ったとき、目の前を鹿が横切るというハプニングがあったが、今年はなんと、私たちを待っていたかのように、角を付けた鹿の頭が会場に置かれてあった。



2日目の朝の散歩のときには、それぞれ白とこげ茶の二頭の馬が並んで立っている姿が、強烈に目に飛び込んで来た。



木々の至る所には、大きな美しいまゆの中で変態のときを待つ幼虫がいた。

  
夜半には、由布岳からの風が眠れないほど激しく窓を揺らし、最終日の3日目には、心に深く染み入るような細かい滋養の雨が降った。



まるで私たちの心に呼びかけるかのように、自然や生き物がさまざまな表情を見せてくれる。そのとき、共時性を通して呼び覚まされる魂のストーリーを垣間見る一瞬が訪れる。



そんな自然のように、関わる人々もまた気づきを呼び起こしてくれる。



「自分では気づくことのできない自分の良さを、人が教えてくれることを知った」と、ペアになってドローイングをしたときに参加者の一人が言った言葉が、心に強く響いた。

自分に一番厳しいのは、自分なのだろう。だからこそ、ペアで相手が自分を感じて描く絵は、驚きと喜びを運んで来てくれ、こんなにも力をくれるのだろう。



タッチドローイングという磁石に引き寄せられて集まった仲間が、表現を通して共に自分というものを思い出していく。心の優しさやもろさ、痛み、豊かさや美しさ、人間であることの苦しみや愉快さを、肉体を通して共に味わう。

 

 

タッチドローイングは魂が表現する絵。それは自分で描いて自分で理解し、その理解がさらに深みと広がりをもって進んで行くという創造の道でもある。



参加者がそれぞれ色付けをした絵を持って輪になったとき、私はそこに日輪を見た。


一人一人が自分を表現し、いのちが繫がり合うとき、そこに虹の輪ができる。






参加者の皆さん、椋梨晶子さん、フローラハウスのしみずみちこさん、どうもありがとうございました。


タッチドローイングのスピリットに感謝を捧げます。





2014年4月7日

自然界からのシグナル

今起こっている激しい変化の様子を昨日絵を交えて文章にした後に、夫と温泉に行った。途中、山形まで足を伸ばして滝のある場所で休憩をとったが、滝を見ていると言葉が浮かんだ。

「今自分の内側でこんな風に滝が流れているから、それと響き合うようにして、こうして滝が目の前にあり、それを見ているのだ」

この場所に来る前に、既に私と滝が引き合っていたからこそ、現実として滝を見ることになったのだろう。

カラスの巣作りのことを書いた3日前、たまたま台所から外を見たら、こんな雲が出ていた。

ああ、これも無意識の部分で引き合っている。渦のことも水の流れのことも、昨日自分がアップした文章で書いていた。そこに渦と創造のことも書いたが、これはカラスの巣作り自体が創造の象徴である。

目に見えない力があり、それが、例えば自然界を通してシグナルを送ってくる。そのシグナルに気づく感性や感覚を養い育てていくことは、ラジオの電波をさら に正確にキャッチできるように、目盛りを微細に調節するようなもので、常に送られているシグナルに耳を傾け、歩み寄って行くようなものである。

すると、自ずと自分が宇宙の一部であること、宇宙は常に自分に語りかけていること、自分は周りのあらゆるものと関わり合い、繋がっていることを強く実感できるようになるだろう。

退屈で薄っぺらい時間はもはや消え去り、豊かさと驚異と変化に満ちた濃い瞬間が目の前に現れる。



2014年4月5日

押し出される〜!

えらいこっちゃ、えらいこっちゃ!一体どうなっているのー?!



アメリカから戻ってから、猛烈な勢いで物事が動いている。これまで幾度となく大きな変化のプロセスを経て来たが、そのたびに財布や運転免許証、クレジットカードを失くしたり、地が揺れたり波が押し寄せたりする夢を見た。



私にとって、貴重品を失くすというのは古いアイデンティティーから新しいものに変わる象徴であり、地震も波も変化の象徴なのである。こういったわかりやすい夢は、来たる変化を告げる強い味方となってくれている。



しかし、今回は夢ではなく、物理的に処理しきれないほど多くのことが同時に起こっている。それはまるで嵐が襲いかかり、そこらじゅうのものを根こそぎぶっち切って巻き上げていくような凄まじさで、私は破壊と混沌の渦の中へと放り出された。




その渦中にあって、それが猛烈であればあるほど、同時に同等の創造のエネルギーが沸き出ずる感覚を味わう。それはまさに破壊と創造を司る荒御霊の力であり、私は久々にこんな強烈なエネルギーを体験した。




冬の静止状態から一気に流れ始めたのは、春のエネルギーなのだろうか。火星の逆行も影響しているだろう。また、今回アメリカで作った環境エッセンスを飲んでいるのも一助となっているだろう。鏡のような湖面から溢れ出る水が川となって流れる箇所で作成したエッセンスの特性は、まさに今起こっているプロセスそのものである。







携帯電話会社も電話本体も、インターネットのプロバイダーも固定電話の回線も急遽一新することになり、夫も私もそれぞれ新しいクレジットカードと新しいデザインの名刺を作った。私は、住まいが狭いため今まで我慢をしていた自分のスペースがどうしても欲しくなり、机を買って創作スペースを確保した。それと同時に台所と居間の家具も追加したら、今度は溜まっていた物を捨てたくなり、私がバタバタと動き出すと夫も共振してか、突然片付けスイッチがオンになって洋服や古本の整理をし始め、ついには勢い増して、宿舎の古いトイレの便器を取り替えることにまで発展した。



ああトイレこそ、流れの象徴!引っ越して来て一年半で、この一連の一新の動き。これはもう立派なインフラ整備でもある(笑)。



そして、こういう混沌の渦の中でこそ、新しいアイデアや活力が沸き起こり、頭や身体の中をオーロラのように駆け巡るのである。







さて、この先に何が用意されているのだろうか。



まだまだ片付けは続く。私の中で、すっきりしたいという気持ちが強まっている。



昨日の朝、突然「取捨選択」という言葉が頭の中に入って来たが、まさに私は今これを突きつけられている。何にどのくらいエネルギーを使うかということをある程度決めることは、ビジョンを具体化させる上での方向付けにもなり、自分が積極的に関わって、流れを促すことにもなる。

雪解け水の流れ、芽吹きを今この私の中で感じ取っている。自分に必要なもの、不要なものを見極めてスペースを確保し、新しいものを迎え入れたい。






 




2014年4月4日

愛を運ぶカラス


私が住んでいる場所は仙台の中心街から歩いて25分ほどだが自然豊かで、近くの山には年中クマが出没し、川にはサケが遡上し、空にはトンビとカラスが行き交う。

台所の窓から見える木の中に、今年もカラスの夫婦が巣作りを始めた。毎日せっせと小枝や苔を運んでいる。私の住まいは4階建ての最上階なので、鳥や虫が窓のすぐそばを横切って行く瞬間その姿や横顔を捉えると、その生き物が人間のように目的や意志を持って動いているのが感じられ、鳥肌が立つほどゾクゾクする。

昨日、バルコニーのすぐそばを横切っていったカラスは、太陽の光に当てるためにバルコニーに出してあったクリスタルと指輪をチラッと見た。その鋭い視線に私はドキッとした。カラスの目と脳からは強烈なエネルギーが発せられており、圧倒されそうになった。そうだった、彼は巣作りの材料を探しているのだ。

外側からは直接見えない場所に夫婦で協力しながらせっせと巣を作り、夏至の頃にヒナがかえると、自分と同じくらいの大きさになるまで一生懸命エサを運んで育て上げる。子が巣立ちをしたら、今度は家族全員で移動して、子にエサの取り方を指導する。

私は今年も台所から双眼鏡で観察するのである。夫婦のあり方や家族のあり方を。

カラスが愛を運んでくる。



  4月4日 カラスのスピリットに捧ぐ


オルカス島でのエッセンス作り

春分の日に、カナダのバンクーバーとアメリカとの間に位置する海峡に浮かぶオルカス島の湖をハイキングで一周し、ここで久しぶりに環境エッセンスを作成した。環境エッセンスは、その場所の波動を水に転写して作る。

歩いていて直感でこの場所がいいなあと思って選んだのが、この湖から水が流れ出る場所だった。

太陽の黄経が0度になる日に、地にありながら空を映す場所で、湖と川の間、つまり静が動に変わる地点で作ることになるとは、なんと興味深いことだろう。

これからこのエッセンスを試し、そのメッセージに耳を傾けてみることにする。



ワシントン州オルカス島のマウンテンレイク



ノースウェストのスピリット

25歳のときに遊学するために初めて訪れ、結婚後の30歳から20年暮らしたパシフィックノースウェスト(太平洋西部)地域。ここに来てから私は魂の記憶のような深い夢を繰り返し見て、ここで人生の大きな転機を迎え、ここで自分の原始の力を取り戻した。

内側に意識を向け、ノースウェストのエネルギーを感じながら紙の上で指を動かしてみた。

何も考えずグルグルグルグルと爪で円を描き続けていたら、最後にそこから顔が立ち現れた。

シャッシャッシャッと勢いよく両手で何本もの斜めの線を描いていたら、そこから人物が現れた。

最初の顔は動物なのか人間なのか。これにそっくりな顔を、どこかで見たことがあるような気がする。2つめ絵の人物を見ていても、なにか懐かしいような感覚になる。

ノースウェスト。この大地も水も風も空も、今では質こそ違ってしまったが、大循環の中で太古からずっとここにあるもの。私はきっとあのとき、私自身を思い出す旅の出発点にするために、この地に来たのだろう。